こんにちは

ブログをご覧いただいた皆様
スパルタスロンという競技をご存じですか??
スパルタスロンとは
ギリシャのアテネからスパルタまでの245・3キロを走る
ウルトラマラソンの最高峰
このレースは
古代ギリシャでペルシャに攻め込まれたアテネがスパルタに援軍を求めるために使者を出した故事に基づき、世界でも過酷なロードレースとして知られています。
制限時間は驚きの36時間

ぶっ通しで走りぬくこの大会、今会の参加者は世界中のウルトラマラソンランナー320名との事です。
第27回「スパルタスロン」が9月25、26日に行われ、男子の部でブロックのインソールをご愛用頂いております安藤正直さんが16位(日本人男子4位)となり喜びのお話をお伺いしました。ちなみにこのレース42歳の日本人男性が23時間48分24秒で2002年大会以来2度目の優勝を果たした。女子の部でも同じく日本人女性が27時間39分49秒で勝ち、日本勢のアベック優勝を飾っています。
柏店でいくつかのタイプのインソールをお試しで今回もご使用頂きコンディションやシーンでタイプを選んだり・・・状況に応じて悩んでいたけど使ってすごく良かったとの喜びのお声を頂きました。
安藤さんに無理言ってお願いしましたところこの過酷なレースのレポートや様子を書いて頂く事ができましたので是非ご覧下さい。
安藤さんすごいです


ここからは安藤さんにいただいたレポート(生の声をご覧ください)
スパルタスロンとは紀元前490年の“マラトンの戦い” に由来。ギリシャのアテネからスパルタまでの約246kmもの距離を36時間以内に走破しなければならない。コース後半にはサンガス山の強烈な山越えまである。
コースには、6箇所の大きなエイド・ステーションと69箇所のチェックポイントがあり、それらには各タイムリミットが設定されている。特に一番最初の80㌔のセントラルステーション世界遺産コリントス運河までは約9時間で行かなければならなく、ある程度のスピードが要求されるのもスパルタスロンの特徴である。
初めて参加したのは二年前。猛暑の中(2日目は気温37℃)完走は出来た。ただ、コースの後半、特にテゲア(195キロ)からの上り坂はほとんど歩いてしまった。走ろう、走りたいと言う気力はあっても、足が痛くてどうにもならなかった。何人ものランナーに抜かれ、気持ちが何度も折れた。完走こそしたものの「ダメだ、このままじゃ終われない。何年たっても良いから、もう一度スパルタスロンに挑戦しよう!そしてテゲアからゴールのレオニダス像までの50キロを走りきってやる!と強く思った。
2009スパルタスロン
目標タイム 30時間切り。(2007年34時間34分)そしてテゲアからの国道を走り通す。
準備
スパルタスロンは全てのチェックポイントに距離・天候・気温に対しての自分の荷物を預ける事が出来る。
123キロのネメアにライト・長袖・半袖。160キロのサンガス山のふもとにはウィンド・ブレーカーとタイツを預け、あとの大きなエイドステーションに食事として「おかゆ」お菓子の 「ぬれせんべい」サプリメントのアミノ酸を預けた。
走るのに一番大切なシューズは「ミズノ・ウェーブ エアロ」

そして一番危惧したのはインソールの使用である。国内の100㌔の大会では、このインソールの
おかげで好タイムを出す事が出来た。ただし、今回スパルタスロンは246キロの長丁場、デメリットも考えられる。
結局、カスタム・インソール、ノーマルのインソールの両方を準備してレース当日の朝、「直感」で
決める事にした。

当日、序盤
当日の朝は三時半に起きた。朝食を食べ、ランニング・ウェアに着替えた。足にワセリンをたっぷりと塗りこみカスタムインソールを入れてシューズに足を入れた。「ウン、いい感じ。入れていこう。もし途中で不具合を感じたら、外しても走れない事ないもんな。」そんな大らかな気持ちになれて(開き直り?)スタート地点であるパルテノン神殿に着いた。
そして朝の七時スタート。序盤はキロ五分~五分半で行った。スタート時は肌寒かったけど、気温はグングン上がりアテネの市街地を抜ける頃にはもう汗びっしょり。
おととしも暑かったが、今年の方が湿度があり日本的な暑さ。やはり、予報どうりに雨が降るのかな?ここら辺では、まだ気持ち的にも余裕があり、片言の英語で海外の選手と会話を楽しんだ。最初に気があったのはブラジル選手のフレッド。ブラジリアンらしくて本当の明るい。英語のレベルもちょうど俺にあってるみたい。ブラジルのウルトラマラソンの話を聞きながら並走してたが、徐々に彼が遅れだした為に、お互いの完走を誓って別れて先を急いだ。
コリントス(81キロ) 14時30分(7時間30分)第41位
最初の大きなエイドステーション。預けた荷物をボランティアから受け取る。「おかゆ」だ。前回はコンビにのものだったが、今回は米にこだわったちょっとだけ贅沢品。が、食べてみてがっくり…「味がまったくしない」あ~失敗した…あれが梅味の調味料だったんだ。ホテルで捨てちゃったよ…がっかりしてたら、日本人選手のサポーターの女性がそうめんのおつゆを分けてくれた。そうめんのつゆで食べてみたら以外にいける。おまけに「そうめん」まで分けてくれた。つるっと流し込めて最高だったね!さあ~先を急ごう。エイドで必要以上の休憩を取らないのも今回の大切な目標だからね。
コリントス~ネメア
ここからは、車のない静かな田舎道。オリーブ畑やぶどう畑が連なる。のんびりと行きたいところだったが、少しあせってきた。それはネメアに預けてあるライト。暗くなる前にネメアに着かないと。実は昼間のブドウ畑ですでに一度道を間違えてる。暗くなってライトがないなんてたまったもんじゃない。ペースを少し上げたところで白いユニフォームの日本人選手に追いつく。日本を代表する世界のウルトラランナーの一人だ。「調子よさそうだね」「違うんですよ。ライトがネメアにあるんで急いでいるんです。」「大丈夫だよ、八時まではライトなしで走れるよ。」彼はスパルタスロンの優勝経験があるランナー、とても安心できた。が、すでにコリントスからネメアでだいぶ体力を消耗した。まぁ距離は100㌔を越えたので当然と言えば当然なんだけど。
ネメア(123キロ)19時22分(12時間22分)第26位
ネメアに着いた。預けておいた長袖に着替えて、上にランシャツをはおり、頭にライト、食事はまた無味のおかゆ…さすがに今回はパスしてエイドのパスタを頂いた。
着替えてパスタを食べて約15分くらい。ここでもう少し休んで入れば良かった…なんか落ち着いていられなかった。
ネメア~リルケア
眠い…いくらなんでもこんなに早くから睡魔に襲われるなんて…実はは主要の大きなエイドでは休むつもりで、小さなエイドでは休むつもりはなかった。が、ここで早くも崩れた。リルケアの手前の酒場のエイドだ。「ダメだ…」椅子にドカッと腰を下ろして眠る事にした。でも、ここは酒場。騒がしくなかなか寝れない。一人の日本人ランナーが着き、さっそうと飛び出して行った。「あ~頑張ってるな~もう少し行くか…」と五分ほど寝てよろよろ走り出した。
リルケア(148キロ)23時01分(16時間)第30位
もう、走るのがいやになった。「早くサンガス山は来ないかな…山に入れば歩く事が出来る。」サンガスは難所の一つのはずなのに疲れて考え方までおかしくなってきた。リルケアに着いた。マットが二つ置いてあり一人の外国人ランナーが寝ていた。「俺も…」ついにうつ伏せに倒れこんでしまった。「あ~気持ちが良い…もうここでゆっくりして行こう…」五分くらいうとうとしてたら「ヘイ!マッサージ!マッサージ!」
他の外国人ランナー現れた。足が痙攣しててかなり辛そうだ。横のランナーは起きる気配がない。「プ、プリーズ…」マットを譲った。あ~あ…ここでも寝れない。足も胃も大したダメージがない。睡魔だけなのに…とりあえずサンガス山のふもとを目指した。
リルケア・サンガス・ネスタニ
睡魔はさらにひどくなった。もうまっすぐ走れない。「山のふもとまで…ふもとまで…」ふもとまで行ったって楽になる要素なんてなにもない。なのに呪文を唱えるように、頭の中をぐるぐる回る。コースの途中で反対側に飛び出しそうになり、膝がガクッと折れた。その時に腕をグッと支えられた。びっくりした。見たら身長が190センチくらいある外国人のランナーだ。「Is it all right? I will go with you」涙が出そうになった。自分だってつらいだろうに、なんて懐の深いランナーなんだ。名前は聞き取れなかったがハンガリーの選手だった。エイドに着いて「Thank you. I sleep」と告げたら「You become a strong man 」ありがとう。涙が出そうになった。10分弱椅子に足を投げ出して寝てエイドを後にした。睡魔は開放されたと言うか、それよりもコースがいよいよサンガス山に向い、つづら折にぐんぐん上がる。いやがおうでも緊張してきた。山のふもとのエイドに着き、サンガス山を見上げる。
前回は順位が後半だったために、サンガスに上るランナーのライトが、まるで蛍のひかりのようだった。今年は少ない。エイドに着いた他のランナーも顔が厳しい。ここでウインドブレーカーとタイツを着込む。
さあ、サンガスだ!しかし、あんなに楽しみにしてた山の登りなのに何度もよろけた…「くそっ!得意の山の登りだって言うのに!」さっきの仮眠時で左目のコンタクト・レンズがずれて遠近感覚が取れないためだ。
転倒こそ無いものの何とか頂上に着き、エイドで暖かいハチミツを入れたお湯をいただいた。おととしと同じリクエスト。少しホッとしたのか懐かしい気持ちになれた。その気持ちも束の間、今度は下りだ。「うあ~こんなに
急斜面だったっけ!」都合の悪い事はしっかり忘れてるもんだよね。何度もけつまずき、顔を引きつらせながら降りた。
ネスタニ(172キロ)午前3時13分(20時間13分)第30位
このエイドでタイツを脱ぎ「To sparta」と言って預けた。そうすればゴールのスパルタまでに荷物を搬送してくれる。毎年、ライトが戻らないとかウインド・ブレーカーが戻らない選手が出るらしいが、おととしは問題なかった。食欲は相変わらずある。自分で預けた「ぬれせんべい」よりはギリシャのスナック菓子がとにかく美味かった。たまらずに片手にスナック菓子の袋を持ちながら、走りながら食べた。
ネスタニ~テゲア
もう眠気は無かった。実はサンガス山の下りで道を間違えた。とにかく真っ暗な道。コースを左に道沿いに行けば良いのに真っ直ぐに行ってしまった。ダートになって「あれ?」と思った所で運良くパトロールカーが追い付いてくれて教えてくれた。走り出した後もエイドがなかなか来ないと「おかしい…間違えたか!そう言えばあそこに曲がり角があったような気が…」恐かった。「ここまで来て道を間違えてリタイヤなんて絶対にいやだ!」何度も戻ろうとしたり、止まったり… 今、思えば精神的にここが一番つらかった。
テゲア (195キロ)午前6時07分(23時間7分)第28位
さあ~最後の大きなエイドだ。あと一時間もすれば夜が明けてくる。もう目標の30時間切りは目の前だ。希望が湧いて力がみなぎってきた。「いや、あせるな。ここで下手に飛ばしたら、また国道を歩くはめになるぞ。」もう一人の自分がいた。もう少しと言ってもまだフルマラソン以上の距離がある。「ここでしっかりと補給をしておこう。」預けた荷物を見た「ぬれせんべい」ほんと自分の知恵の無さにあきれた。日本のサポーターのかたが「安藤さん、パスタがあるわよ。」おー嬉しい!だがほとんど無味のパスタ。あっ、そう言えば偶然にホテルに持ち込んだ味噌汁を預けておいたんだ!おっ、あったあった。
なんかパスタと言うより「みそうどん」いただきまーす。さぁ~しっかり食べた。ここで改めて自分のタイムを確認した。23時間。うん、良いんじゃない。頑張れば28時間30分を切れるかもしれない。
テゲア~スパルタ
テゲアを出た。何人かのランナーはまだテゲアに残ってた。「あ~自分の順位を見とけば良かったな~」走り出して思った。道はまだ暗く、道に迷った時の恐怖がまだ 拭い去れてない。
「まだ押さえて走ろう。」どの道、胃の中のでパスタが暴れてペースは上げられなかった。どれくらい走っただろうか?いきなり大きな幹線道路の出た。「来た!ついに来た!俺のスパルタはここからだ!」気負いはあってもまだ暗く頭のライトが揺れて走りずらい。「あー懐かしい…猛暑の中での一昨年のスパルタスロン。太陽が真上にあって、でっしー(スパルタで知り合い、今じゃ大切な友人)と二人でへばりながら走ったよな。」今年はまだ暗い。一時間くらい走っただろうか?だんだん夜が明けてきて、小雨が降り出した。ライトを取り、ウェストポーチにしまい、ペースを少し上げて走ってみた。
やっぱりそうだ。スケールこそまったく違うけど、武蔵五日市の練習コースと地形が似てる。この練習コースではスパルタの国道を走りきるイメージで練習してきた。自信が湧いてきた。何人かの外国人ランナーを抜いた後、長いくだりに指しかかった。道路脇の空き地に見慣れたユニフォームが。「あれ ~何してるの?」足を止めた。僕の近所の日本を代表するウルトラランナーだった。
彼がいなかったら僕の初・スパルタの完走はありえなかった。それくらい何でも彼は教えてくれる。「いっしょに走ろうよ!」声をかけたが足を痛めたらしくペースが上がらないとの事。「わかった。先に.行くね。」
彼はやはり凄い。いくら足を痛めたとは言え、一時はトップを快走したと途中のエイドで耳にした。自分に出来るか?今の自分は本当に限界か?そんな事を考えながら走っていたら一段とペースが上がった。
心拍数もかなり高い。上りは地面を強く蹴り、下りは重力にまかせて落ちるように飛ばした。足に不安はない。もう上がったあごが下がらない。胃酸が逆流してきた。もう苦しくて、鼻水が、嬉しくも悲しくもないのに涙が出て来た。 もう景色なんか目に入らない。やがて一人のランナに近づいた。日本人ランナーで彼もスパルタの常連だ。抜くときにちょっと驚いたように「よっ!」って言ってくた。 「夜になって涼しくなれば復活するよ」 序盤、すでにバテ気味だった俺にやさしく助言してくれたのに、こくっと小さくうなづく事しか出来なかった。申し訳なかった。でも、苦しくて、苦しくて…。やがてスパルタの町が見え出して最後の坂を駆け下りた。
そして 降りて間もなく、白バイが後ろに付いた。「この俺に?」少し驚いた。そして、いよいよスパルタの街に入った。前を見るとパトカーだ。前に一人ランナーがいる。歩いたり、走ったりしてた。よく見たら頭にイタリアの国旗のバンダナ、イタリアカラーのユニフォーム、派手な金のネックレス。序盤のエーゲ海の側道で話をしたイタリアーノのアントーニオだ。「このまま程よい距離を保ってゴールしよう」そう考えた。
アントーニオがこっちを振り向いてペースを上げて逃げに入った。「そうだよな、レースはまだ終わってないじゃん!それに前回みたいにレオニダス像の手前でゴールのセレモニーの順番待ちなんて、まっぴらごめんだ!」
最後の力を振り絞りペースを一気に上げた。アントーニオがぐんぐん近づく。中途半端な抜き方をして着いてこられてもこまる。もうほとんど無酸素運動に近いペースで一気に突き放した。だが、今ので力を使い果たしたようだった。 ガクッとペースが落ちてもうフラフラだ。「ねぇ、まだ?まだ?レオニダス…」うわごとのようの繰り返す。 やがてマウンテン・バイクの子供たちの誘導がついた。「あーもうすぐだ…でも…」終わりたいような、まだ走っていたいような、レースがうまく行ったときに訪れるこの感覚。ウルトラマラソンの大好きなところ。
やがて角をまがった、「ブラボー!ブラボー!」みんな拍手で迎えてくれた。横からピンクのかわいいドレスを着た女の子が手をつないでくれてエスコート。「ありがとう」「安藤さん、すごーい!」
途中で何度も声をかけてくれた日本のサポーターの人たちだ。「ありが…」泣きそうで声が出せなかった。そしてレオニダス像の足に静かにタッチ。終わった。やがてゴールのセレモニー。メダルをかけてくれて月桂樹の冠、陶器で水を飲み、完走記念のプレートをもらったときに膝が折れ、レオニダス像の前に座ってしまった。28時間26分34秒。前回より六時間も早いゴールだった。
総合16位は結構たってから教えてもらった。


今回レポートをいただいた安藤さんは国内でもフルマラソンやウルトラマラソンなどに出場されています。
ブロックではそんなランナーを応援しております